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シール (グランパス級潜水艦) : ミニ英和和英辞書
シール (グランパス級潜水艦)[かん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ラン : [らん]
 【名詞】 1. (1) run 2. (2) LAN (local area network) 3. (P), (n) (1) run/(2) LAN (local area network)
: [きゅう]
  1. (n,n-suf) class, grade, rank 2. school class, grade 
潜水 : [せんすい]
  1. (n,vs) diving 
潜水艦 : [せんすいかん]
 【名詞】 1. submarine 
: [かん]
  1. (n,n-suf) warship 

シール (グランパス級潜水艦) : ウィキペディア日本語版
シール (グランパス級潜水艦)[かん]

シール (HMS ''Seal'') は、英海軍機雷敷設潜水艦であるグランパス級潜水艦''Grampus''-class)の一隻である。本艦は第二次世界大戦に参加し、ドイツ海軍鹵獲された後でドイツ艦''UB''として就役した。第二次世界大戦でドイツ側が海上で鹵獲した唯一の潜水艦である。
''シール''は1936年12月9日チャタム工廠で起工され、1938年9月27日に進水、1939年5月24日に英海軍に就役した。英海軍籍時代の全期間をルパート・ロンズデール(Rupert Lonsdale)が指揮を執り、本艦は彼にとって2隻目の指揮艦であった。'UB''として就役した。第二次世界大戦でドイツ側が海上で鹵獲した唯一の潜水艦である。
''シール''は1936年12月9日チャタム工廠で起工され、1938年9月27日に進水、1939年5月24日に英海軍に就役した。英海軍籍時代の全期間をルパート・ロンズデール(Rupert Lonsdale)が指揮を執り、本艦は彼にとって2隻目の指揮艦であった。'として就役した。第二次世界大戦でドイツ側が海上で鹵獲した唯一の潜水艦である。
''シール''は1936年12月9日チャタム工廠で起工され、1938年9月27日に進水、1939年5月24日に英海軍に就役した。英海軍籍時代の全期間をルパート・ロンズデール(Rupert Lonsdale)が指揮を執り、本艦は彼にとって2隻目の指揮艦であった。
== 初期の艦歴 ==
就役にあたり''シール''はダートマスDartmouth)のトール湾(Torbay)において受領試験を実施した。最初の潜航試験を無事に終了した1939年6月1日にリヴァプールで試験中のHMS ''シーティス''沈没の報が知らされ、多くの戦友を失った乗組員は喪失感を味わった。''シール''はゴスポートGosport)に移動して魚雷発射試験を完了した〔Warren and Benson (1961) pp23-24〕。
8月4日に''シール''は、HMS ''グランパス''とHMS ''ロークァル''(HMS ''Rorqual'')に合流するためにジブラルタルマルタスエズ運河経由で中国への航海へ出た。しかし、第二次世界大戦の勃発によりアデンで足止めされ、まだ参戦していない時期にドイツの潜水艦を曳航している恐れのあるイタリア側を監視するための2回の臨時哨戒に駆り出された。''シール''は損傷した駆逐艦を護衛して母港へ帰投し、ドッガーバンク付近の哨戒を実施するために北海へ取って返し、そこでドイツ軍機から初めての攻撃を受けた。その後ハリファックスへの14日間の航海を行う船団の護衛に加えられた。''シール''はクリスマス休暇に間に合うように帰国し、ブライス(Blyth)に臨時に設立されたエルフィン(Elfin)基地に配置された。その後ロサイス(Rosyth)を拠点としてノルウェーの戦いの一翼を担う北海での哨戒任務に充てられた。1940年2月のある夜に''シール''は余分の人員 - 武装した一団 - を乗船させ、''アルトマルク''号を奪取する作戦に参加したが、アルトマルク号事件となる出来事では何の役割も果たさなかった。ホートン提督(Admiral Horton)は、ロサイスへの帰路の途上の''シール''を出迎えると「貴艦は戦時の艦船としては余りにも無垢である。何かが間違っているに違いない。」("You're too damn clean for a war-time boat. Something must be wrong")と述べた。しかし、ホートンは航海日誌に記載する時には「貴艦は途轍もなく優秀な乗組員を擁しているに違いない。」("you must have a damn good crew")と意見を変えた〔Warren and Benson (1961) pp25-31〕。
1940年3月の終わりにドイツ軍はノルウェーに侵攻し、''シール''はノルウェー沿岸の作戦から外れた。ロンズデール艦長はスタバンゲルフィヨルド(Stavangerfjord)に侵入し、新しいアスディック装置を使用してスタヴァンゲルの港へ到達するという冒険的な作戦の決行を決断した。港には4隻の商船が停泊していたが、これらは全て中立国の国旗を掲げていた。ロンズデールは水上機基地への攻撃と上陸部隊による鉄道へのサボタージュ工作実施の許可を申請したが、これらは固く禁じられる一方で、遭遇したドイツ海軍の艦艇は''シール''の魚雷で攻撃するには喫水が浅すぎた。同じ場所で同じ時期に戦没したHMS ''シストル''(HMS ''Thistle'')とは違い、魚雷による攻撃から危うく逃れた''シール''は士気の低下した乗組員と共にロサイスへ帰投した〔Warren and Benson (1961) pp34-45〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「シール (グランパス級潜水艦)」の詳細全文を読む




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